前世3

こうも助走が長いと、最初に(あ! コレ書こう!)と思った事を忘れそうだ。


私はホームページのコラムに

多次元とかを難しく量子力学?を使ったり、本を読んだりして想像力をたくましくして分かったように気持ちにならなくても、もうあなたも多次元を毎日のように体験していますよ。と書いた。


それは脳だ。

脳内は過去も未来も今もごちゃませで、そのごちゃまぜが悩みやストレスを生んでいる。

瞬時に過去へ行き、瞬時に未来へ行き、そして、今がある。

ストレスを思い出して体がOFFということは、いつでも心体は過去にいて、

未来を考えて体の反応がOFFならば、いつでも心体は未来にあり、

今現在の悩みがOFFならば、いつでも心体は今にいる。

今の悩みが過去に紐づいているということは、多次元を同時進行しているという事とも言える。


こんな記事も参考に読んで頂けたら嬉しいです。



脳内はマルチバース(大きな大きな宇宙)だとしみじみと感じた時があった。

※参考記事のリンクは文末に貼ります。


コラムはこちら。


で、私は「前世」というものに「固執する必要がわからない」という反応していたわけですが、この「前世」ということばを「時間の概念を脇へ置いておいての多次元」という言葉に置き換えたらば自分の体験としっくりくるので受け入れやすいわけです。

ということは、私が反応していたのは「過去に囚われている有様」「過去に囚われているというように見える有様」だったということが浮き彫りになった。


それを払拭してくれたのが、今までの相談者の皆様だったし

初の試みをお題として提示してくれたキネシオロジー仲間の中村さんだった。

また、彼の体験後の体感と感想が非常に私に響いた。


実際に「今の自分ではない記憶」「今の自分とは違う風景」「なぜか思い出す感覚、感触」ということがどこの次元にあろうが、ご本人が生き易くなられればそれが一番だし

それに時間が加わって前世と表現しようが、来世と表現しようがそこが重要ではないとういことを改めて実感したということです。


似たような事例として

「ところでファクトって1つなの? そのファクトも厳密にはオピニオンでは?」

というような記事を書いたこともある。



これも今回のことと同じで、

その方が感じたり、言ったりする「前世」や「来世」「今世」が何を指しているのか?という物事の本質と、それを表現する方法は様々ですが、

心体カウンセリング™ ということに関しては、ご本人が「癒された」という体感や、「本当にもう完了した」と感じることが一番大切なんだもの。

本当につくづくと感じさせてもらえた。

私の研究魂のようなものと、相談者の「癒し」は限りなく接近する時もあれば、

全くそこには関連性がないようにみえることもある。


そのご本人の生きやすさに繋がるのならば、入り口はなんだっていい。いつの時代だっていい。どの世界にあってもいい。

ですから、「前世1」の記事で

前世「教」のようなものは好まない

と書きましたが、実は(過去にははっきり自覚があったんですが)今はもうどうでもいい。

その方がなにか気になることを「前世」とただそう表現しているだけなんだな。ってことを教えてもらえた。

ありがたいことです。


私は私の好みはあるものの、その好みも相談者の皆さんのおかげで色んな敷居が本当に低くなってきました。


ということで、アホ程長い助走と、あっけない〆でお粗末様です。


参考記事のリンクはこちらです。

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